定住先探し(外海・雪浦)
人間がこんなに哀しいのに
主よ
海があまりにも碧いのです
長崎県外海地区の志津文化村の石碑に刻まれている小説家遠藤周作さんの言葉です。
これは道の駅に隣接している遠藤周作文学館。
これは石碑近くの志津教会。
志津教会からの眺め。
これは大野教会。
その近く。
先週末、おハナさんと2人で就農地と空き家を探しに、下見も兼ね長崎へ行ってきました。
初日は長崎市外海地区へ。
空き家バンクや地域おこし活動をしているNPOのTさんに外海を案内してもらい、お話を色々と聞かせてもらいました。
ご自身も20年ほど前に長崎市内から外海に移住してきた方。
親身になって相談に乗って下さり、外海で暮らすにあたっての良い面もそうでない面も包み隠さず説明してくれました。
今回実際に外海を見学してわかった一番のポイントは、
“耕作に適した農地が見当たらない”
こと。
外海地区の地形は海からすぐに山あいの傾斜地となっており、狭い段々畑しかありません。
僕たちは大規模農業をするわけではありませんが、1つの圃場がある程度は広さのある畑でないと作業効率の上で大きなデメリットになってしまいます。
Tさんも、率直に
「若い方に移住してきて欲しいのはやまやまだけれども、これから農業で収入を得ていこうという方に外海地区はお勧めできない。」
とおっしゃっていました。
僕が、外海地区に限らず長崎市内で就農地を探すために、役場にも相談予定であることを話すと、知り合いの役場の人に連絡を取って下さり、そのつながりで今月末に役場の新規就農担当の方とお会いして相談することになりました。
こういう風にコツコツと地道に各方面を当たっていくしかありません。
Tさんの奥様は明るくおおらかでチャーミングな方。
パン屋さんと民泊をしています。
みんなで海に落ちる夕日を眺めながらいろんな話をし、楽しいひと時を過ごしました。
しかも、お土産にパンをもらってしまったうえ、近くの定食屋さんで夕食までごちそうになってしまいました。
本当にお世話になりました。
帰りの車内で僕とおハナさんは
「あのご夫婦に出会えたことはとてもよかったね。」
「外海へ移住しなかったとしても、また遊びに行きたいね。」
という意見で一致しました。
良き縁に感謝です。
2日目は西海市の雪浦地区へ。
ここは師匠の元研修生のUさんが移住し就農した場所。
Uさんの畑を見せてもらい、そのあとご自宅で奥さんのおいしい手料理を頂いてしまいました。
雪浦地区は外海地区ほど急傾斜ではなく、川沿いにある程度の広さの農地がちらほらありました。(借りられるかは別として)
すでに多くの移住者が住んでおり、また、これから雪浦地区に移住を希望し空き家を探している人も多数いるとのことです。
Uさんからは後日、空き家情報や市の移住相談会がJR博多駅であることを教えてもらい、ひたすら感謝感謝です。
またひとつ今後もお付き合いを続けたい縁が産まれました。
ちなみに、タイトルを”定住先探し”にしたのには訳があります。
定点Aから定点Bへ引っ越すことを”移住”とするならば、僕とおハナさんはそもそも定点をもたない根無し草。
今まで根をはれる場所がなく、ただ根をはる場所を探しているのです。
ということで”移住”ではなく”定住”としました。
細かいですが一応。
正確に伝えたかったので。